先輩を訪ねて
Persons
現在はどのようなことをされていますでしょうか
慶應義塾大学医学部と理化学研究所で、高精度の予測に基づいた予防医療の実現を目指して、機械学習と人工知能技術を用いた診断や予後予測のモデルを開発する研究とメディカルデータサイエンスの教育を行っています。
また、物理学的制約を組み込んだモデルを開発するための基礎的な生命理論の研究を行っています。
現在の活動(研究も含め)はどのようなきっかけで始められたのでしょうか
修士課程を修了した後、20年間ゲノム創薬と再生医療の研究を行いました。基礎から臨床まで広く研究して感じたのは、特定の因子に焦点をあてた因果メカニズムという方法の限界でした。
この問題を解決するには非線形・非平衡のシステムを扱う新しい概念や手法が必要と考え、それまで行ってきた再生医療や幹細胞生物学の研究をすべて捨て、ソニーコンピュータサイエンス研究所で生命理論の研究をスタートしました。それが、現在の研究の起点になっています。
大阪大学理学研究科時代に、心がけていたこと・大切にしていたことは何ですか
高校生のときに読んだ本から分子生物学という研究分野に触れ、その開拓者の一人である富澤純一先生のお弟子さんが大阪大学理学部の生物学科で研究室を主宰されていることを知りました。それが小川英行先生、智子先生でした。
入学後は分子生物学とは何かという本質を見極めようとしました。大学院に入ってからは、異なる考え方を知ることも重要と考え、散逸構造などの物理学的な研究を学び、同じ生命現象に対して異なる表現法があることを知りました。それが、現在の研究につながっています。
大阪大学理学研究科・理学部時代に印象的なエピソードがあればお教えください
共通の授業で知り合った薬学部の女性に恋をしました。片思いに終わりましたが、今も彼女のことは心に刻まれています。
小川研究室では夕食後も研究室に戻って実験をする生活をしていました。気分転換もかねて近くの喫茶店で夕食をいただくことがありました。そのとき流れていた、ジョン・レノンのウーマンとイーグルスのホテルカリフォルニアが、今も思い出されます。夕食のときは、よく自分の進路について考えていました。小川研究室と大阪大学理学部は私にとってホテルカリフォルニアのような存在です。
これからの大阪大学理学研究科・理学部について、提言等ありましたらお教えください
理学部は知識を詰め込む場所ではなく、自然科学における正解のない問いに果敢に挑戦する意欲と力を生み出す場所だと思います。
小川研究室で学んだSOS応答反応は転写因子によって大腸菌の状態が遷移する現象です。この研究が、その後の私の研究を導いてきました。ソーク研究所で行った転写因子Nurr1によるドーパミン神経への分化誘導、バイエル薬品神戸リサーチセンターで行った転写因子によるヒト細胞の初期化という私の研究成果はSOS応答反応の応用問題と言えます。ソニーで行った疾患の時間発展を状態遷移で表現する新しい理論も、その原点はSOS応答反応の研究にあります。
このような本質的な概念を学生に教育してほしいと思います。
今後やってみたいことはどのようなことでしょうか
現在の大きな目標は、生命システムの時間発展現象を表現できる、物理学的制約を持ったサロゲートモデルの理論を開発することです。さらにこの理論に基づき人の自然知能の原理を明らかにし、第四世代のAIの学習原理に展開したいと考えています。
2020年9月には幻冬舎から「亜種の起源 ―苦しみは波のようにー」を上梓しました。自然知能や次世代のAIに関する第2弾の著書を出版することも、今の私の目標になっています。
理学友倶楽部の部員にメッセージをいただけますでしょうか
2022年に発表された深層学習の大規模学習版(第3.5世代AI)である基盤モデルが衝撃的な性能を持つことが明らかになりました。米国DOEからは"AI for Science"という白書が刊行され、科学の在り方も変わろうとしています。基盤モデルは強力な道具としてこれから自然科学でも活用されるでしょう。
しかし、論理推論や論理に基づく実世界への介入ができないという限界があります。科学者が問いを立て、新たな知識や原理を生み出すという枠組みが変わるわけではありません。見えなかったものを、見えるようにするために、脳の創造的で思索的側面を鍛え、吟味し、熟考し、疑い、理論化し、批判し、想像する研究者となって自然科学を牽引してほしいと思います。
最後にひとこと
私の科学者としての座右の銘です。
・自分の研究を愛しているか?
・流行に流されていないか?
・権威や常識に屈していないか?
・未踏分野の開拓に挑戦しているか?
・人の痛みに寄り添っているか?
・切り開いた分野は、人の生き方によい影響を与えているか?
・名誉は高潔さや誠実さに与えられるものと受け止めているか?
・一度きりの人生を楽しみ、高い志を持って全力疾走しているか?
著書情報
「亜種の起源 ―苦しみは波のようにー」
幻冬舎の紹介ページはこちら
経歴
1986年
大阪大学理学部 生物学科 卒業
1988年
大阪大学大学院理学研究科 生理学専攻 修士課程修了
1988-2000年
協和発酵工業 東京研究所 研究員
1991年
京都大学医学部研究生
1993年
理学博士(大阪大学)
1997年
Salk研究所(米国) 客員研究員
2000年
協和発酵工業 東京研究所 主任研究員
2004年
日本シエーリング リサーチセンター長(2006年から執行役員)
2007年
バイエル薬品 執行役員 リサーチセンター長
2008年
iZumi Bio. Inc. (米国シリコンバレー) 最高科学責任者
2008-2018年
ソニーコンピュータサイエンス研究所 上席研究員
2016-2021年
理化学研究所 医科学イノベーションハブ推進プログラム 副プログラムディレクター
2021年-現在
理化学研究所 先端データサイエンスプロジェクト プロジェクトリーダー
慶應義塾大学医学部 大学院医学研究科 拡張知能医学講座 教授
2023年10月04日 掲載