先輩を訪ねて

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現在はどのようなことをされていますでしょうか

2010年に大学を定年退職しましてから、教養部 化学教室 中原研究室同門の二人の先生と「生物無機化学」(朝倉化学大系12)の専門書を執筆しました。その後、2013年から福井工業大学 工学部 環境生命化学科の教授として、教育と研究に携わっていました。そして、2015年4月に工学部が3学部体制に改組され、現在は環境情報学部の環境・食品科学科に所属しています。この学科も化学と生物を基礎とした学科で、主として化学の講義を担当しています。また、学長の森島洋太郎先生のリーダシップの下、大学の運営にも携わっています。

現在の活動(研究も含め)はどのようなきっかけで始められたのでしょうか

理学研究科時代にお世話になった先輩教官で、福井工大におられる先生方に、ご紹介頂きました。

大阪大学理学研究科時代に、心がけていたこと・大切にしていたことは何ですか

研究に関して、初代総長、長岡半太郎先生の「勿嘗糟粕」の精神を規範として、人がやっていない研究に取り組むことを心がけていました。そして、自然の仕組みを解明する事を、研究の目標としていました。 

大阪大学理学研究科時代に印象的なエピソードがあればお教えください

永年金属タンパク質の研究、特に、世界の研究者が少ない分野であった銅タンパク質、銅酵素の研究を行って来ましたが、それでも90年代頃から英国のグループが我々の研究テーマに接近して来たために、競合することになりました。そして、ある銅酵素に電子を渡しているタンパク質が何かということで意見が分かれたのですが、最終的に我々の説が正しい事を実験的に証明し、Nature (2009年)に発表しました。その結果、英国のグループは我々の説が正しい事を認め、その論文の別刷りを請求して来ました。その他、新奇な構造を持った銅酵素の発見(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2007年)等、我々の研究室における銅酵素研究の発展は、研究室のスタッフ、学生諸君、さらには共同研究者の方々の努力の賜物と感謝しています。

これからの大阪大学理学研究科について、提言等ありましたらお教えください

私が阪大に在職しておりました時に比べて、最近の大学では、教育と研究以外の仕事、所謂雑用が多すぎるように思います。現在在籍しています大学では、教育のウェイトが多い上に、私学特有の様々な仕事のために教員の研究時間が非常に限られている状態にあります。研究型大学と教育型大学が明確になって来ている今日、研究型大学である大阪大学の理学研究科においては、これからも研究主体で進んで頂きたいと思います。

今後やってみたいことはどのようなことでしょうか

最近の教養的教科書の本には、絵や図が多く見られます。娘が科学関係の本のイラストやカットを書く仕事をしておりますので、二人で化学の啓発書を書いてみたいと思っていますが、単なる夢に終わるかも知れません。

理学友倶楽部の部員にメッセージをいただけますでしょうか

私が理学研究科のお世話になりましたのは、二十数年前の教養部時代に大学院研究科委員会のメンバーに加えて頂きました時に始まります。その後、1994年の教養部改組により理学部・理学研究科に配置換えになり、退職まで16年間お世話になりました。この度、理学友倶楽部の主旨を知りましたので、同窓生ではありませんが、理学部・理学研究科に関わりがあるということで、どうぞよろしくお願い致します。


(2015年学園創立65周年、大学開学50周年記念の福井工業大学大学祭)

経歴

 

1974年

大阪大学大学院基礎工学研究科化学系専攻博士課程修了(工学博士)

1974〜1975年

日本学術振興会奨励研究員

1975年

筑波大学文部技官

1978年

大阪大学教養部講師

1982〜1983年

米国オレゴン健康科学大学研究員

1986年

大阪大学教養部助教授

1991年

大阪大学教養部教授

1994年

大阪大学理学部化学科教授

1996年

大阪大学大学院理学研究科教授(化学専攻)

2010年

同定年退職(大阪大学名誉教授)

2013年〜現在

福井工業大学環境情報学部教授(環境・食品科学科)

2016年04月04日 掲載